島根が誇る「出雲大社」の巡り方

島根が誇る「出雲大社」の巡り方

「出雲大社」という神社の起源について

出雲大社といえば誰もが知っている名大社であり、その最も知られている読み方は「いずもたいしゃ」となる。しかしその神社の遍歴、由来、何故これほどまでに知名度の高い名所として扱われるようになっているのかと聞かれると曖昧な返事になってしまう人も多いと思われる。基本的なことから見て行こう。

まず、出雲大社の正式な読み方は「いずもおおやしろ」となる。しかし「いずもたいしゃ」という読み方が間違っているというわけではない。出雲大社は島根県出雲市にある。まぎれもない人の手で作り上げられた建造物というわけだが、その起源を見ていくには、我々が日頃目にしている街中の家屋、ビルといった建造物とは別種の、やや頭を柔らかくした観点が必要になってくる。何故なら、出雲大社にはこの「日本」という国そのものの起源に関わる壮大な神話が絡んでくるからである。「出雲大社はいつ作られたのですか?」という質問に対し、こういう答え方が頻繁に用いられる。――遥か神代の時代に。

日本という国の国土誕生を語る神話伝承とは、すなわち『古事記』、そして『日本書紀』のことだ。これらの書物には、日本というこの国土、すなわち、世界地図で我々が普段目にするあの縦長の島国が、神の力により生み出されたと記されている。そしてその神話の主要登場人物である「大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」が祀られる神社こそ、「出雲大社なのである。」。大国主大神は「だいこくさま」と呼ばれ広く慕われる神であるが、その神こそがこの日本を創り、開拓したとされる。つまり出雲大社とは、「日本」の母を祀る神社なのである。

大国主大神は別名「国譲りの神」とも呼ばれている。国を生んでのちに高天原の神に国土を献上したとされることからそう呼ばれている。高天原とはいわゆる「天上」のことで、「黄泉の国」と対をなす場所であり、その中間にある「中つ国」、正式には「葦原中国(あしはらのなかつくに)」こそがこの日本、という位置づけとなる。大国主大神はつまり、天上からやってきた神様に国土を譲っており、以降この日本は天上――高天原の神によって管理されているとされている。

ではその天上世界の神とは誰のことを指すのだろう。「ニニギ」と呼ばれる神なのだが、正式名称は凄まじく、「天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命」という。読み方は「あめのにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎ」。とても覚えきれないので、「ニニギ」、または「邇邇芸命(ににぎのみこと)」と呼ばれるのが一般的だ。「邇邇芸命」はかの有名な「天照大神(あまてらすおおみかみ)」の直系である。すなわち、皇室の祖先ということになる。あくまで創作の神話であるという点を忘れてはならないが、皇室は高天原の神「天照大神」の祖先とされているため、つまりは皇室が統治する国土、それが日本である、というのがこの日本に伝わる神話の大筋である。

「出雲大社」を神社として観光する際の予備知識

出雲大社が何故「大社(たいしゃ)」と呼ばれるか、ご存じだろうか。何故出雲神社ではないのか。出雲大社も神社には違いない。出雲神社、と呼んでも間違いということにはならないだろう。しかし一般に知られている呼び名はあくまで「大社」である。これは神社の格付けのようなもので「社号(しゃごう)」と言い、ほかには「宮(ぐう)」、「神宮(じんぐう)」などといったものが存在する。もともとこれらの社号に明確な区分は設けられていなかったが、明治時代に神社が国家の管理下に入ったことで、正式に名乗れる社号の条件が定められた。今現在はまた「政教分離」によってその制度は廃止され、自由に社号を名乗れるようになってはいるものの、基本的にその当時の制度に従って考えて間違いはない。

「宮」とは皇族を祀る神社に用いられ、「神宮」とは天皇を祀る神社に用いられる社号である。「神宮」に関しては元々「伊勢神宮」ひとつを指す言葉だったようだが、のちに解釈が広がり、今では複数存在している。「宮」、「神宮」は皇室に関わりのある人物が祀られているのだ、と考えれば間違いはない。では「大社」についてだが、これも元々「出雲大社」のみを指す言葉だった。しかしのちに、神話において日本を創る際重要な役目を果たした神を祀る神社全般につける社号となっていった。出雲大社のほかには、住吉大社(大阪府) 熊野大社(和歌山県)、諏訪大社(長野県)、宗像大社(福岡県)、 などがある。「大社」に関しては、皇室に直接関わりはないが、神話において重要、特に偉大な神が祀られている、と考えればいいだろう。しかしながら今現在、これら社号をつける基準は特に設けられていないことを念頭に置いておかなければならない。あくまで上記の基準は一時代のものであり、その限りではなく用いられている社号も全国にある。

出雲大社は最初から出雲大社と呼ばれていたわけではない。元の名を「杵築大社(きづきたいしゃ、きづきのおおやしろ)」といい、明治4年(1871年)に出雲大社へと改名している。未だに古い名で呼ぶ人も少なくないが、一般に、今では杵築大社とは東京にあるものを指す。互いの神社は全くの無関係でもないため混同しがちである。この「杵築」とは、「様々な神様がキヅき給うた」という意味が込められた名であるとのこと。

出雲大社が「大社」である理由は、神話において重要な神様を祀る神社である、ということだ。

それを理解しているだけでも足を踏み入れる際の感慨は違ってくるかもしれないが、興味があれば「大国主大神」という神についてさらに深く調べてから挑むことをお勧めする。

神話を読めば、「大国主大神」は高天原から国土の統治を譲り渡すよう要求され、しぶしぶ明け渡して不貞腐れるように隠れてしまった、というようにも取れるやや不憫な神だ。

――といったような解釈はやや意訳だが、神話を読み解く際には想像力を働かせるとより一層楽しめるだろう。

大国主大神は国譲りの際に高天原に要求を出している。「富足る天の御巣の如き」大きな宮殿を建ててほしい、というものだ。それこそが今の出雲大社である。

このくだりから大国主大神は「杵築大神(きづきのおおかみ)」とも呼ばれた。別名はほかにもある。

「大己貴神(おおなむちのかみ)」や、「大物主神(おおものぬしのかみ)」、「八千矛神(やちほこのかみ)」、「大国魂神(おおくにたまのかみ)」、「顕国魂神(うつしくにたまのかみ)などだ。

実に多くの神名を有する神であるが、一つ注意点がある。「だいこくさま」と呼ばれ親しまれる大国主大神なのだが、「七福神」の「大黒天」とは別物であることは覚えておこう。あちらはインドの神様がモデルになっている。

人々を魅了してやまない「出雲大社」の縁結び

若者にとっての出雲大社の見どころといえば、ほぼ絞られてくるだろう。すなわち、「縁結び」である。大国主大神は一般に「縁結びの神」として知られており、境内には様々な縁結びグッズが売られている。出雲大社を訪れる際には、是非そのありがたいご利益を授かるための礼節を身に着けて参拝に臨みたいものだ。

出雲大社に祀られる縁結びの神として有名な大国主大神ですが、その縁とは男女の縁のみを指すのではありません。広く人と人との縁を結ぶ神とされており、また、そのほかに福の神、平和の神、医薬の神、農耕の神、商業の神でもあります。縁結びのほかにも実に多くの役割を担う神様で、もはや大国主大神にお参りしてしまえばすべてまかなえてしまうといっても過言ではない多才ぶり。開運、家庭円満、交通安全や航海安全、健康、長寿、五穀豊穣、事業の成功など、その力の及ぶ範囲はとどまるところを知りません。平成25年には大遷宮を終えており、さらに多くの観光客を魅了し続ける理由も頷ける。

大国主大神が縁結びの神とされるようになったのは、大国主大神が国譲りを行う際に高天原と交わした約束の内容に由来するとされています。その際に大国主大神は「幽(かく)れたる神事を治めましょう」と言ったそうです。「幽(かく)れたる神事」とは、目に見えない「縁」を結ぶことと解釈されており、つまりは日本の国土の統治を高天原の神に譲る代わりに、「自分は日本の縁の下の力持ちになりましょう」と言っているようです。これが縁結びの神、大国主大神の発端です。人の世の多くの幸運は他者との縁によって上向いてゆくことは周知のことではないでしょうか。そういった意味で、日本を代表する縁結びの神様がすべての幸運を呼び寄せる力を有するという認識も自然と言える。

しかしもちろん、多くの若者はやはりここ出雲大社に「恋愛成就」を願ってやってくる。数えきれないほどの想い人への気持ちをつづった絵馬に、縁結びのお守り、縁結びの糸と、その関連の名物、名所が数多くあり、広大な境内を巡っているうちに日が暮れてしまう。

参拝の仕方だが、出雲大社では「二礼四拍手一礼」が行われている。一般的な神社の参拝の方法が「二拝二拍手一拝」であることを踏まえて、覚えておきたい点だ。

境内に足を踏み入れたら、まずは手水舎(てみずや、ちょうずや)で身体を清めなければならない。といっても、もちろん全身にシャワーを浴びるわけにはいかない。手を洗えばよいわけだが、これには手順、作法が存在する。

1,手水舎に入ったらまず一度姿勢良く立ち、水に面と向かう。

2,右手で杓子を持って手水を掬い、左手を洗う。そして逆も同じようにする。

3,最後に杓子を右手に持ち替え、左手に水を溜め、口に含んで軽くすすぐ。

これが手順となるが、最後の口をすすぐところは左手のみで水を溜めなければならないため、やや難しく感じるだろう。しかし間違っても杓子から直接水を口に含んではいけない。さらに終わったら杓子を立てて、自分が手で触れた部分を洗い流してしまおう。これで終了となる。手水舎での清めが終わったらいよいよ参拝だ。賽銭を入れ、90度の礼を2回。その後、4回手をたたき、手を合わせお願い事を伝える。そして最後に再び90度の礼を1回。――これが一連の流れとなる。

以上が基本中の基本だが、出雲大社の見どころは多く、参拝の作法に関しても説明し始めるときりがない。出稼ぎの旅が無事終わることを願って、そして何より将来の良縁を願って参拝することをお勧めする。実際に訪れてみると、驚かされるものがいくつもあるはずだ。そこにはいくつもの「日本一」が存在する。

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