都市部にも憩いの場を探して

都市部にも憩いの場を探して

古くから領民に開かれた園は、伝統に従い入園無料

「偕楽園(かいらくえん)」は茨城県の県庁所在地であり主要歓楽街の一角、水戸市内にある日本庭園です。岡山の後楽園、金沢の兼六園と並ぶ『日本三名園』のひとつであり、同時に都市部の公園では敷地面積世界二位を誇る超巨大庭園です。その総面積は300ヘクタールとなっていますので、一日で回り切るには少々骨が折れるでしょう。だからこそ、事前に見どころをチェックして計画的に観光したいものですね。また『国の史跡』にも指定される歴史的重要度の高い側面も兼ね備えています。 <br> <br>「偕楽園」はかつての水戸藩主、「徳川斉昭(とくがわ なりあき)」によって築園されたものです。当初の偕楽園の利用目的は藩主の身近な部下たちのための休養施設でした。日頃の激務で疲れた体を癒すため、美しく静かな庭園でお茶でも飲んでほしいと、そんな部下思いの藩主の心遣いだったのかもしれません。また当時から領民の立ち入りも許可されており、偕楽園という名は「偕(みな)」で「楽(たの)」しむ「園(その)」という意味を込めて藩主により名づけられたものです。各地に名だたる大名庭園が今に残っていますが、このように当時から領民に開かれた大らかなコンセプトの庭園は珍しかったと言えるでしょう。ただしそこは園内の秩序を保つ必要もあるため、領民が立ち入れるのは毎月「三」と「七」がつく日だけと定められました。その伝統を受け継ぎ、偕楽園は今現在、無料で入園できるようになっています。入園無料の庭園は『日本三名園』の中でこの偕楽園のみです。

梅の香が湧き立つ偕楽園

「偕楽園」は築園当時の姿を残す本園と、その後近代になってから増築、拡張された拡張部に分かれます。その拡張部分を含めて全世界で最も敷地の広い市街地公園とされています。拡張部の割合が非常に大きい偕楽園ですが、その見どころは本園内だけでも百種類以上咲き誇る梅の花です。3000本以上もの梅の木が植えられた本園は、開花時期になると梅の香りがいっぱいに立ち込め、名勝地の名に相応しい見事な景色を見せてくれます。 <br> <br>本園の梅の花の素晴らしさで有名な偕楽園ですが、偕楽園は四季を通して花や樹木の美しさを堪能できるよう工夫が凝らされています。梅に勝るとも劣らない見どころがその時々に応じてあり、またそれらを主役に据えたイベントが盛んにおこなわれています。まずは「水戸の梅まつり」が2月の下旬に行われ、そののち4月の頭には桜の見頃が訪れると同時に「水戸の桜まつり」が開催されます。また、偕楽園では4月の下旬ごろから見頃となるつつじの目が冴えるような鮮やかさも好評です。その時期には「水戸のつつじまつり」が行われます。季節が移り変わり、夏の8月頭にはこの地で有名な水戸黄門にちなんだ「水戸黄門まつり」と称し、4,500発に及ぶ花火の打ち上げやパレードなど、盛大な催しが行われます。そして夏の暑さもこれから徐々に和らいでくるだろうという頃、9月頭には「水戸の萩まつり」があります。萩もまたかつて水戸の藩主が愛してやまなかった、この偕楽園の大きな見どころのひとつです。萩まつりを終え、秋も深まるころには紅葉が景色を彩ります。四季を通じて色味の強い主役が存在する偕楽園の景観は、何度訪れても飽きることがありません。

偕楽園の随所に散らばった魅力あふれる遺物たち

偕楽園は1841年から造園が始まり、翌年1842年の7月に開園しました。その当時の世に思いを馳せながら、偕楽園の随所に配置された歴史的な名所の数々を訪ねてみましょう。 <br> <br>本園の入り口には一般に「表門」と呼ばれる立派な黒塗りの門が構えています。門には大きな茅葺き(かやぶき)の屋根があり、壁が黒塗りであることから「黒門(くろもん)」とも呼ばれています。幅広の門ではありませんが、日本三名園の入り口に相応しい威風堂々とした佇まいで訪れる人を迎え入れます。 <br> <br>表門をくぐるとまもなく、左手に上品な竹林が現れます。「孟宗竹林(もうそうちくりん)」の名で知られるこの場所は造園以前杉林だったと伝えられており、その名残か、竹林の奥には数本の巨木が残っています。竹林を左手に見ながら涼しげな木陰落ちる小路を歩いていくと、「吐玉泉(とぎょくせん)」が見えてきます。遠い昔から湧き続ける泉で、その水は眼病に効果があるとされてきました。玉のように、すなわち水晶のように澄んだ水を吐く泉として「吐玉泉」と名付けられました。偕楽園築園以来、一度も枯れたことがない清水です。喉が渇いた方はここで喉を潤すと良いでしょう。 <br> <br>そしてついにたどり着くのが本園の中心建物、「好文亭(こうぶんてい)」です。入場するためには大人200円の入場料が必要ですが、ここまで来たからには是非中を見て回ってください。かつて藩主が領民を受け入れ偕(とも)に楽しんだその屋敷は、正確には奥御殿(おくごでん)と好文亭の二つの建物からなり、好文亭は三階建てで、見ごたえがあります。

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